シェムリアップに1週間、長距離バスで移動してプノンペンに一週間の滞在だった。
カンボジアには空路で入った。飛行機の窓からは、雄大なメコン川とジャングル、ほとんど手つかずの自然が永遠と続いて見える。
やがてジャングルが途切れると、広大な赤土の平原が広がっている。心からこの風景が綺麗だと思った。
だけど、この地にはまだ膨大な数の地雷が埋まっていると思うと、いたたまれない気持ちにもなった。
シェムリアップの風は思った以上に乾いていた。中夜じめついた風が吹くタイ南部に滞在していた僕らには、この風がとても気持ち良かった。
赤土と田園風景に囲まれたのどかな風景が続く道を進む、自転車より少し早いオート三輪のスピードも僕らには心地よかった。
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カンボジアはとても貧しい国というイメージが強かった。日本では内戦や地雷、孤児といったネガティブな情報ばかりが目立ち、そういった情報に完全に惑わされていたけど、実際に行ってみるととびきり明るい国だった。
確かに郊外に行くといわゆるスラム化されたエリアが点在し、金銭的には大変貧しい暮らしをしている人たちがいるけど、皆心はとても穏やかだ。
僕らはカンボジアの人々の笑顔がたまらなく好きになった。こんなに美しくて飾り気のない笑顔は他のどの地でも見た事がない。
分け隔てなく子供も大人も最高の笑顔を僕らに向けてくれる。
アンコール・ワットに向かう途中のオート三輪のドライバーが3ドルの距離を5ドルと吹っかけてきた事があったけど、彼の最高の笑顔には敵わなかった。吹っかけられても全く嫌な気持ちがしないから不思議だ。最後は熱い握手を交わして別れ、改めて笑顔の力ってのは凄いと思った。
商売人の僕としても彼らの笑顔を見習わなければならない。
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孤児の学校に出向いて食料を寄付する機会があった。日本のテレビメディアなんかが視聴率集めにカンボジアボランティアなんてタイトルで偽善番組をよく放送しているけど、日本人の醜さが見えてくる。
カンボジアで小学校訪問とかボランティアをしないか?とかいう日本の広告をよく見るけど、どこもかしこもべらぼうなツアー料金を取る。カンボジアの子供たちもメディアやツアー客慣れしてしまっているようにも思える。
完全にカンボジアの孤児たちは偽善事業の見世物になっているな。そう思った。
もちろんごく稀に真剣にボランティアに取り組んでいる団体もあるけど、僕が現地で感じた数字は1000/1が妥当だ。できれば現地で知り合った現地人の友人を付けて学校に訪問するといいだろう。現実が見えてくる。
子供たちの教育だけではなく、今カンボジアはものすごいスピードで成長している。そこらじゅうで道路の整備が行われ建物が建ち始めている。
彼らは過去の辛い歴史を笑顔の力で乗り越え、新しいカンボジアを築き上げて行くだろう。
10年後のカンボジアが楽しみだ。僕らは再びこの地に戻ってくるだろう。
※写真:念願のアンコールワットへ向かう僕らの後姿